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2011年7月 2日 (土)

旧善應寺跡 その二

196284

 

前回の「旧善應寺跡」を掲載しましたところ

名古屋の義(二)様より上の旧善應寺の画像をいただきました。

撮影された日時は1962年8月4日、

川上分校の屋上から撮られたものです。

62年といえば私の生まれる7年前、

弥助さんや助さんの家がまだ茅葺きで、時代を感じさせます。

【いただいたメールより転載】
私は善応寺の前の清源寺時代に、この場所で生まれ、小学校6年まで川上分校へ通いました。その意味でとてもなつかしい写真ばかりです。
 《中略》
 また、ご掲載の[rimg0052_2]の写真(一番下左)は、屋根が立派になっており補修された後のものと思われますが、当初は鶏小屋として建てられたものでした。一番下右にご掲載の[rimg0056] には一時期、秋田県あたりから越して来られた桐野家が寄住されていたことがありました。お子様の徳治君は私と同年でした。
 なお、注記して下さっておりますザイラー氏の「かやぶき音楽堂」へは、冬の一日、訪ねたことがあります。『ザイラー夫妻の晴耕雨奏』(立風書房、1992年11月刊)の本が出ており「かやぶき音楽堂」のことも載っております。



義(二)様
以前の寺の写真は意外と残っていないので、とてもありがたく頂戴致しました。
どうもありがとうございました。

と、ハードディスクをほじくり返したら、数枚写真が出てきました。

 

Tera_001 Tera_002 Dsc00013

左と中央は現在の善應寺の新築工事をしている頃の写真。川上に建っていた最後の頃でしょうか。
右は寺が移設されたあとに残された鐘楼で、99年に撮ったものです。

 

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旧善應寺跡 その二を参照しているブログ:

コメント

貴重なお写真ありがとうございました。
最初の画像は、バス停に到着して歩き出すと、いつも目に入ってきた光景を思い出します。
子供でしたから、あの長い石段上るのが楽しくて仕方なかったです。
川上分校の校庭で遊ぶのも、盆踊りも毎年の楽しみでした。

母は焼失してしまった歓喜寺で育ち、善応寺には半年しか住んでいないそうです。ですから、このような写真は手元に数枚しかないので、とても喜びます。今度来た時に見せたいと思います。かやぶき音楽堂へも是非行きたいと言っていました。

このブログのおかげで親子の会話が、はずみます。

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