栃の実物語(1)
以前おおい町文化協会発行の広報誌に掲載された、渡辺 均氏『栃の実物語』の内容に写真を追加し、3回に分けて掲載します。
佐分利川に沿ってこの谷を奥へ入ると、
久保と川上の山にだけ大きな栃の木がある。
どういうわけか佐分利川の右岸側の山で、
北側を向いた斜面にのみ生えている木である。
川上の山には何本もあるが、
村の古老の話では幹周りが5~6メートルにもなり、
樹齢が何百年になるか分からない木があると云う。
しかしどの木も谷の非常に険しい所に生えていて、
木の元まで行くのが難儀である。
永い間、厳しい風雪に耐えて生き残っている栃の木が、
春になると『ぱあっ』と白い花を木一面に咲かせて、
九月になると実を落とし始める。
昔から自然の食べ物の中に、栗・椎・楢・榧・栃などがある。
山栗は今ではほとんど枯れて少なくなり、残っていても
栗は猪の餌になって人間の口にはなかなか入らなくなった。
しかし栃の実だけは猪も食わないし、
虫もあまりつかないようである。
したがって人間の口に入るわけだが、
野性の生き物が食わないものを、
どうして人間がこれを旨くして
食べえるのだろうか・・・。
そのへんの人間の知恵を探ってみることにした。
【体験1】
栃の木ってどんな木だろう、
栃の実ってどんな実だろうと思う人が多い。
文化少年団の中にも、子供は勿論のこと
その親さえも知らない人がほとんどであった。
以前なら栃の木の有る所なんて
子供はおろか町の人では行けたものではなかったが、
今は林道が出来たお陰で、容易くたどり着くことが
出来るようになった。
一面に生えている山の木の中でも
栃の木だけはどの木よりも飛びぬけて大きい。
その大きさにみんな一様に「大きいなあ・・・」と
驚きの声を上げた。
しかし、これよりも、もっともっと大きな木があるのだが、
そこへはあまりにも険しくて、
とてもたどり着けるものではない。
栃の実は昔の貴重な食料、炭焼きの人も切らずに大切に残しておいた。
それで他の木よりもひときわ大きい。
十月に入ってからのことであったから
もう実が終わっているかと思ったが、
晩生の木の実がまだ少し残っていた。
子供たちは、手に10個、20個と、
山の中を駆け回って拾ってきた。
拾った実は、一見して栗の実に似ている。
鎌で皮を剥いて、子供たちに実をかじらしてみた。
みんなが「げぇっ、げぇっ」と吐き出した。
苦くて、えがらかったのはいうまでもない。
「何でこんなもんが、食えるんや」とみんなが声を上げた。
さて、それを美味しく食べられるようにするのが
人間様の知恵であった。
栗饅頭のようにつやつやして、一見するとおいしそうな栃の実
実(種子)は右の写真のように固い果皮にくるまれている
栃の実物語(2)につづく
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