樏(カンジキ)
是れは一寸前の話しであるが、
私しの親父は、下駄の材料を作るのに山の仕事が多かった。
だから色々の物をさがして来た。
其の一つが樏の材料だった。
其の木は“べべの木”と云って、
低木で山に這うようにして育ち、
葉が榧(カヤ)の木に似ていた。
実もよく似て、秋になると赤くなり綺麗だった。
其れを何本も持って帰り、カンジキの型を作って陰干しをして
暇な時に作って、何時も三、四足はあった。
其れを猟師さんが知っていて、
わけて呉れと言って持って帰っていた。
残りが一つになって玄関の奥に吊してあった。
其れを伊左衛門の勇さんが「呉れやあ」との話しになったが、
一つだけだから困ると言ったら、
「其んなら貸して呉れやあ」と云って、一冬履かしゃった。
加減がと言うか、履き心地が良かったのか
かわりを一足持って来て、
「借りとるのは今履いているから、是れと交換して呉れやあ」
と云って、太くて仁王さんの履くようなのを
持ってきやしゃった。
儂はいらないからええわいと、うんと云った。
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