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2009年5月12日 (火)

寺(一)


川上村には二つの寺があった。

上に歓喜寺、下に清源寺。

両寺共石段をのぼれば、

其れぞれ全戸が見渡せるいい場所にあった。

昭和三十五年頃だと思う、夏の盛りだっただろう。

「どおん」、とつ然の大きな音。

パチパチと音と煙りと一緒に舞い上った。

ハタガメが落ちた、皆がどこだどこだと、さわぎかけた。

大変だ、大変だ、其れ消しに行け。

宮垣の橋のあたりまで走っていったら、もう火の柱だった。

やっさえもんの家にはもう近よれない、野瀬も危い。

そら水だ水だ、やんじょもんの池から水を運んだ。

もう其の時にはお寺に火が移っていた。

上側にある彦兵衛さんにも火が廻りかけていた。

でも皆んなの働きで助かった。

歓喜寺炎上。

Tera_01_2

つづく
H17.9.17 善琢

※ハタガメ:この辺りでは雷のことを当時こう呼んでいた(京都府北部の方言だそうです)

 

歓喜寺炎上と歓喜・清源両寺合併のエピソード
 
昭和三十五年(一九六〇)七月二十三日夕景、歓喜寺下の民家に落雷。当時清源寺は住職の宗隆和尚が退山して無住となり、川上では、歓喜、清源両寺の合併が問題となっていて、部内和尚の最後の調停日がまさにその日であった。それまで合併は不可能と思われていたが、当日の落雷により歓喜寺は類焼を受け全焼。一粒の雨も降らない天候での落雷により、急転直下の解決をみるに至った。その後歓喜寺住職、山田策秀和尚が清源寺に移り合寺。九月、当時の大津櫪堂相国寺派管長が妙智山善應寺と命名。翌年一月、合併登記が完了した。

(大本山相国寺・相国会本部発行 園明 平成二十年正月号より抜粋)

 

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