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2009年3月 5日 (木)

山腹を這う水路(大井根)その2

この用水路のことは郷土史やたの村の季刊紙で知ってはいましたが、実際に見るのは初めてでした。
現地に行ってみてまず驚いたのは、水路が想像よりもずっと高い所を通っていたことです。
山腹を延々1km余りも切り欠いて設けられたこの水路。工事は言うに及ばず、維持管理にも恐ろしく手間がかかるであろうことは素人目にも明らかです。大柳の横を流れる野逕渓川からならもっと楽に水を引けたはずですが、わざわざ新鞍の上流から用水を引いてこなければならなかったのも何か理由あってのことでしょう。野逕
には物理的に用水路を設けられない制約があったか、水の利用配分がキッチリと決められていたのでしょうか。

 

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大井根の終着点
山中を巡ってきた用水はここに辿り着きました。

 

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大井根は山腹のこの辺りを通っています。(博城)

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うるし谷から用水路跡を辿っていきます。
この辺りは13号台風の被害が酷かったようで、殆どがコンクリートの水路となっています。

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土砂崩れで地盤が流失したためか、10m程がヒューム管に置き換えられていました。

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植林のすき間から

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新鞍谷に入る手前、この辺りの景色がとても良い感じ。
水路肩はよく踏み固められており、古道のような雰囲気です。

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水が流れている迫はブロック積擁壁で水路地盤が補強されていました。

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新鞍谷に入ると路肩の崩れや水路の損傷が目立つようになります。
妻ヶ谷口の対岸辺りでは土砂崩れで10数mに渡り水路跡が消失していました。

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路肩が崩れ、さらに土砂が被さってくる難所は塩ビ管で対応。

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石積砂防が見えるとそろそろ水路の起点になります。
この石積砂防が明治以降の大井根取水口となりました。
以前の取水口はもう少し上流の西谷口だったとのこと。

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